平沢進っぽいってよく言われてると思うけど、歌詞もちゃんと平沢進「っぽさ」ある。

ただし平沢は職人(庭師)でジゅげムはセラピストって感じかな…… 具体的か感覚的かというアプローチの違いがある。

バールベックで示されている通りの「音楽療法」なんだと思う。

なぜセラピストでありながらこんなに小難しくしたんだろう? 小難しさの中にもある種の癒しがある?聴いてていい感じだもんな。

かなり希望的に歌ってるのは、現状に罪悪感を感じている人たちに対して肯定的で良いと思う。 ちょっと不安が拭えないから、根拠が怪しいとはいえ肯定貫いてくれてて良い。

しかしながら少し難解であるな。曖昧にした部分が特に飛躍してみえる。

平沢進でいうと、 「あー だいじょうぶよ タービンが回るわ」の部分で誰にでもその安心感が伝わるような仕組みがあり、 「内容はよくわからないけど、良い意味なのだろう」とまでは思える。

でもゴールがわかりにくすぎるかな。 要は「自分の進みたかった道を進め」なんだけど、「再生」とか「新たな存在」という言葉に終始。

最初、労働者の歌かと思ったんだよね。 でもよくよく聞くと、社会の歯車として従い続ける立場からの脱却、自己実現を促す歌のようだ。

わかりにくいが良い曲だ。庭師もセラピストも両方この世に必要だからね。

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