Mickey 17をULTRA 4DXで観た

前置き

【Mickey 17】は現在上映中の映画のため、先にポン・ジュノ監督やULTRA 4DX体験について、後半で映画の内容について書きます。前半と後半でスペースを空けておくので、ネタバレを見たくない人はゆっくりスクロールしてください。

ポン・ジュノ監督

ポン・ジュノ監督作品は【Mickey 17】以外に【パラサイト 半地下の家族】と【グエムル-漢江の怪物-】を観たことがあります。

「どこか優雅さを感じるスリル」と「退廃的な世界特有の正義感」があるところが特徴的。緊迫感のある混乱がスローモーションと音楽によって、まるでダンスか絵画のように描かれていたり、犯罪生活や貧困家庭の中で育つ独特の人間味だったり。状況が悪くても美しさを感じるところがいい。

仕方なく悪いことしながら生きている人への理解と親愛がある。岩井俊二監督作品の【スワロウテイル】【リリイ・シュシュのすべて】にもうちょっと気品を持たせた感じ。目を背けたくなる退廃と目を奪われる退廃があるとすれば、岩井監督が前者でポン監督が後者。どれもいい作品だけど。

Mickey 17は今までの映画よりもっと「目を背けたくなる率」が低くなってるかな。ベッドシーンが機能的にストーリーに馴染んでいるところとかがよかった。

ULTRA 4DX

ポン・ジュノ監督への期待値が高いため、通常料金+1500円前後で鑑賞できるULTRA 4DXのシアターに行きました。平日の朝だったこともあり、私以外に鑑賞者はいなかった。

ULTRA 4DXのシアターは正面と左右にスクリーンがあるため、シアターのど真ん中で見るのが視覚的には最適でしょう。カメラの視点と現実世界での視野が合っているとより没入感が高いということです。(後述しますが、没入感を生み出すにはULTRA 4DXなだけではちょっと不足もあります。)

それから座席がよく動き、風や水飛沫、雪が降ったような演出がありました。座席は「飛行シーン」で傾いたり、「集団が一斉に動くシーン」で振動したりします。シートベルトがないので体重の軽い人は腰が浮いたりする。酔う人は酔うと思う。

吹雪のシーンでは「冷気」「水飛沫」「シアター前方で雪っぽいものが降る」などがあった。座席の動きに比べればささやかなもので、肌寒さや水濡れ感を感じるほどではないちょうど良いものです。

演出面はいいのだが、「カメラの視点」には課題を感じました。映画を鑑賞している者は「カメラの視点」を体験することになるのだが、「主人公の視点」でも「映画の中の誰かの視点」でもないため、自分が体験しているこれは「誰の体感」なのか?という矛盾が生じます。

私、この世界における「何」なんだ……?と没入するほどに乖離を感じる。VRのようにはいかないのである。

それから没入感のためもあって、ULTRA 4DXは必然的に「吹替え版上映」になると思うので、原語でどんな話をしているのか、どんな演技をしているのかが分からないところは惜しいよな。字幕版も観たいな。

※以下ネタバレあり

感想

吹き替えと構成

字幕版で2回くらい観ないと評価しづらいところがある。この映画は主人公の独白から始まり、「かくして俺は過酷な仕事に巻き込まれたのであった……」から本筋に入っていく構成になっているんだけど、この構成が今までのポン・ジュノとは違う(と思う)から馴染みがなかった。慣れたらもっと観やすい。

それから日本語吹き替えだと、アメリカっぽい言い回しを日本語で演じることになるのでそれに関する違和感がある。とはいえ主人公とママクリーパー(宇宙生物)以外は馴染んでいた。主人公が「冴えない青年」ママクリーパーが「魔女(悪役の女ボス)」みたいな、ハリウッド映画っぽいキャラクター性を持っていたからだと思う。

カイとナーシャ

マーシャルとお食事するシーンのカイがずっとよかった。上司に堂々と意見を言うところ、明確に敵対はしないけどMickey側につくところ。反発心というよりは「軸がブレない」というちょうどよさ。

ここで権力者に反発して分かりやすく主人公側につかないのは、権力者もまた悪質性が曖昧だからだと思う。幼い子供が自分の帝国を作ったかのような振る舞いを上司がしているから、カイとしては(大人同士として)まともに向き合うべき相手ではなかったのかも。

カイがこれだけいいキャラしてるのに、主人公とナーシャが最後までいい関係だったところもいい。

18

悔しいのに反撃しない17を見て悔しいので反撃しにいく18。「自分と同じ姿のやつが情けないと我慢ならない」という感覚が男の人っぽいと思った。17に対する同情みたいなものが無さそうで、17を対象的なものではなく自分と同一視している感じが独特。(他者との関係性に感情的な密接感がないことに対して感じる美徳、が男の人っぽいと個人的には思っている。)

自立的で冷静な考えもあって、17には出来なさそうな最後の仕事を勝手に引き受けていくところもあっさりしている。

ティモが死ななかった

ティモが最後まで生き残ったのは意外だった。でも裁判でティモを理性的に判断するとすれば死刑にするほどではない、っていうのは分かる気もする。

ティモは大胆に友人を見捨てることもあるけど、「命の危機に瀕したとき」に「自分が生き残るため」という条件と目的が明確な場合のみであって、私利私欲のために他人を貶めるのとは悪質性が違う。

それにティモのしたたかさは実力が伴っていて、自分の長所を生かしたり他人の特性(Mickeyの頼まれたらあんまり断れない性格、死んでも生き返るという特徴)を活用して切り抜けてきた。これは奥さんや側近の言うことに従ってハッタリやってたマーシャルとは違うんだよな。

全体

いろんなキャラが新しい運命を歩んでるなーって感じがした。各々欠点があるけどそれを矯正するでも克服するでもなく。でもお互いに納得感があるならそれはコミュニティにおいて大した問題じゃなくなる。

コントラストのある展開ではない。「青 vs 赤で赤が大勝利!」っていうより、「黒がいなくなったおかげでみんなが適度に混ざり、よい白になれました」みたいな終わり方だったから、すごく良い映画だったって感じにはなりにくい。こういうタイプの映画も良いかも〜くらいだな。この人たち仲良くなれたみたいでよかった〜と思った。

不快感がないっていうのも良かったな。映画って制作者個人の思想が反映されて、特定のタイプの人間の内面性に対する理解が浅い、偏見を感じる、キャラクターが自身のキャラクター性(個人的な思考を排したステレオタイプ)に固執しているみたいな違和感、変な部分が出てくることもある。ポン・ジュノ作品はそういう好き嫌いが透けて見えない。そういう映画は見やすいよね。

お金持ちと貧乏人を出してどっちもあんまり悪役にせずに映画を作るみたいな公平性がある。

#映画