アイドル / yoasobi やや考察
タイトルが「アイドル / Idol」だったので、熱狂的なファン視点の歌かなと思っていたのですが、途中で子供視点、後半でアイドル視点に切り替わりますね。
ファンのほうは唯一神的にアイドルを崇めているんだけど、アイドルは『キャリア』というワードを使ってこれがビジネスであるということを明確にしていますね。
『私はマリア』これは自分が神なのではなく、自分が産んだ子が神であるということかな。誰かを本気で愛せるかはわからないけど我が子らは自分にとって間違いなく(自分が演じるような嘘の姿ではなく)本物の救世主である。
単なるアイドルじゃなく、プライベートな部分で何かあった子だよな。幼少期からあんまりよくない状況が続いていて、良くなるきっかけが無かったんだけど、我が子は本気で自分を愛してくれるのではという期待と、本気で愛せるかもという期待。
でもファンにそのように愛されたからか期待値がやや過剰。
前半部分を読みます。ファンの方は上記の「母から子に」的な愛ではなく盲信ですね。『誰もが目を奪われていく』ファン以外の人間や私生活について想像できていない視野の狭さが想像できます。
真ん中はアイドルが産んだ子供たちの視点ですよね。ここも結構子供→母に対する感情らしいです。唯一無二の存在で、「自分にとっての完璧な母親像」を期待されるのが母というものかなと思います。
視点が3つありますが後半が気に入った。
MV観る
うさぎのモチーフはなんなんだろうな。アイドルとしては可愛らしく、寂しがりやな雰囲気で愛を求めているイメージ。しかし実際は他人に対してドライであるという意味なのか。
途中古い形のテレビが出てくるのは、アンテナがうさ耳っぽいからですかね。
ファン視点は無邪気、子供視点は今まさに母にまつわる問題に直面しているようなダークな雰囲気、アイドル視点は達観している感じ。年不相応に大人びた印象の歌い方です。子供視点のシーンはアイドル像が線画、さらに表情が映っていないので、親の真意や本当の姿が見えていない。子供あるあるですね。
なんで途中アイドルが二人いるんだろうな。アイドルの二面性がそれぞれ子供たちに受け継がれたのかな?と思うけどそれが単にアイドル / プライベートっていう二面じゃなくて、もっと別の二面がある?
キリスト教っぽいところ
- idol
- コーラス、特に最初と最後の
- 『誰もが信じ崇めてる』
- マリア
- 『等身大でみんなのことちゃんと愛したいから』
神話系は全然詳しくないんですよね〜漫画とかに出てきた神の名前とかしかあんまり知らないし、原作的なものにあたったこともないし。ほぼ想像ですが
英語だとテレビに出るようなアイドルはpop starって言うと思うんですよ(英語も詳しくないです)だから英語タイトルをidolにしたのは宗教的な意味でのアイドルなんだなと思った。コーラスの歌い方も聖歌っぽい。
『等身大でみんなのことちゃんと愛したいから』の部分ですが、対象がたくさんのファンだとすると「等身大でちゃんと愛する」をするには人数が多いな〜と思っていて、キリスト教でいう「汝の隣人を愛せよ」みたいな
BIG LOVEではないけど満遍なくみんなを愛して、みんなに過剰な期待をしない(見返りを求めない)を目指しているという意味を……この詞にこめたのかなと。
キリスト教くらいは履修したいよな〜天国と地獄もキリスト系だよね?聖人はともかく天使や悪魔を描こうと思うとき悩むんだよね。天使と悪魔ってこうなのか……??地獄と天国の位置関係とは?みたいな。ケルト神話も仏教も興味ある。好きなゲームとかに出てくるんだ。
ちょろっとだけ旧約聖書を読んだ気がするけど、当時は序盤からしっくりこなくてすぐ読むのやめた。神話的な雰囲気に馴染めなかっただけだから今なら読めると思……いや好みの文章じゃないと読まないけど。
感想
音楽を作っているのがAyaseさん、歌っているのがikuraさん。二人ともめっちゃすごくない?歌詞の作り込みは上記で語ったから置いとくけど、歌声のほうもファン・子供・アイドルの歌い分け、演技力みたいなんすごいですよね。
知識ある人だと曲調とかからも考察できそうな色んな音が入っている。私がわかったのは聖歌っぽいコーラスとファンの合いの手くらい。曲調的にもアイドルパートめっちゃいい、盛り上がり部分だからそりゃそうか?行進曲みたいなリズム、歩くスピードになって、
これ子供達の中に自分の意志を託しているのかな、子供達を紹介しているシーン。あと最後のシーンで二人の子供の身長がアイドルを超えてるのも意味深だ。は〜何があったんだ。